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色は普遍的無意識を表している – 色彩と無意識の世界

色は普遍的無意識を表している

色による自己実現 
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今日は私の扱う13色の色について又違った観点からお話していこうと思います。

 13の人格類型

私たち人間の人格は、私が持っている色の記憶を元に作った理論に当てはめると13種類のパターンに分類されます。

BLUEの性格的特質を持っている人から、YELLOWの性格的気質を持っている人、REDの性格的特質を持っている人と、全部で私たち人間は13種類にその性格を分類する事が出来ます。

人間というのはとても不思議なもので、この13パターンの人格のいずれかに皆、該当します。

なので、私の場合ですが、その人を見れば、その人が大体どの色を自身に強く反映しているタイプの人なのか?という事がわかります。

 私たちを決定づけているものは色という祖型

人間というのは、自分で何もかも考えて選択し、決定しているとそう思いがちですが、私たちは殆ど自分の意識では何も決定などしていません。

私たち人間の行動を決定している力、それは私たちの祖型である色という事になります。

私たちのベースである色、この色が何もかもその全てを決定しているという事になるのですが、私たちはそれを知らず、自分が全部自分の自由意思によって決定しているとそう思っています。

少し難しい話になりますが、私たち人間には自由意思なるものは本当はない、私はそう考えています。

あるのは、色だけ。私たちのベースを形作っている色だけ。それだけが唯一の実体であって私たちは、その色という実体を映し出した単なる対象物でしかないと私は考えています。

私たちは個々に自分が在るとそう思って日々生きている訳ですが、その私たちは色という実体の単なる写し絵的存在でしかないということになります。

そもそも、私なるものなどない。でも、あるとそう思っている。

在るのは唯一その実体を持っている色だけなのですが、それを知らない私たちは、自分こそが実体のあるものだとそう思っている。これはとても不思議な事です。

もし、私たちが自由意思というものをもち、それぞれに生きていたとしたら、それは皆バラバラでそこに何らかのパターンを見つける事はとても難しくなります。

でも、今この世界に生きる私たち人間は単なる色という実体の写し絵的な存在である為、容易にこの13という色をベースにパターン分けする事が出来るという事になります。

そもそも、自分が在るという事がどういうことなのか?それを私たちはこの日々の中で深く思考するという事がありませんが、それは何故、そう言ったことを思考しないのか?と言えば、ここに在る’私’これこそが実体であるとそう信じて何も疑っていないからです。

私というものは、そもそも存在などしない。在るのは、唯一の実体として存在しているのは、色だけ。だとしたら、私たち人間はこの13種類の色で全て説明できるという事になります。

 13の色とは、人類共通の普遍的無意識を表す

私が扱うこの13の色は人間の意識の最も奥深くにあるユングの言った集合的無意識、人類共通の普遍的無意識を表すものです。

つまり、人間というのはこの普遍的無意識をただ反映している単なる写し絵的存在でしかないという事になります。

何度もいいますが、唯一の実体としてあるのは、この色という普遍的無意識だけ、もっと言えば、その普遍的無意識を一つに束ねている光しかないという事になります。

私が扱うこの13という色は、ピンクを除いた12の光の束を指します。

この光の分化した12の色はどれも完全ではなく、不完全な状態で存在しています。

 PINKとは私たちを不完全さへと向かわせる

PINKという色は私たちの意識の中に、いつでも入る隙をうかがっています。少しでも入り込むことが出来るポイントを見つけると、そこからPINKは私たちの意識の中に流入し、わたしたちの意識を破綻へと向かわせます。

わたしたちは元々12という光を反映した存在ですが、この光はPINKの流入によってどんどんとその光を薄めていきます。

光はPINKという色に段々と削られていき、そしてこの12の色のPINKに侵されたその末路、何も対処せずに、PINKに侵されたままでいて迎えるその末路というのが、完全なる光の欠如(PINK)、もっと言えば闇という事になります。

人間が何も努力せずに行きつく先、これがPINK(闇)という事になります。このPINKとは、エーリッヒフロムの言う衰退のシンドローム、まさにネクロフィリアの状態であると理解してもらうとわかりやすいかもしれません。

PINKを除いた12の色は光。でも、その光は完璧ではない。常にその中に不完全さを内包している。この不完全さこれが、PINKの流入に当たると考えます。

どの色もそうなのですが、その色の中には自らを維持しようと働く力と、破壊しようとする力、この二つの力が常に一つの色の中で拮抗していています。

自分を維持し向上させようと働く力は、フロムの言うバイオフィリア。そして、自分を破壊しようと働く力は、彼の言うネクロフィリアというものに相当します。

私たちは常に、確実性と庇護を求めます。

誰も、不完全性を求めたりはしません。

PINKという色は常にこの確実性を私たちに与えます。

安心、安全。これを与えてPINKは私たちから、光を奪い取ろうとします。

自分で考え生きる力、それを奪おうとします。人間というのは確実性を与えられると、その確実性の中で生きて行こうとします。その安心、安全の世界から外に出て冒険しようとはしません。

PINKという色は、私たち人間があえて冒険する事を必死で阻止しようとします。光を求めて旅にでること、これをPINKという色は必死で阻止しようとします。

これが何を意味しているのか?と言えば、PINKという色、勢力は私たち人間がこの普遍的無意識に繋がる事、この普遍的無意識に繋がり、自己を個々が回復する事を何よりも怖れています。

私たちがこの普遍的無意識と繋がり、自己に目覚め、意識的な変容を遂げるという事は、完全なる光の復活を意味します。

この普遍的無意識に結びついた力は完全に、意識、つまりPINKに抑え込まれています。今のこの世界はPINKが光を実質的には完全に抑え込んでいる状態にあるということになります。

このPINKに抑圧され、無意識下の領域に押し込まれている普遍的無意識(色)、この力を解放しそして、この色と繋がり個々の人間がそれぞれ自己を回復する事が出来れば、今あるこの世界は一気に逆転するという事になります。

色というのは、こう考えていくと途方もない可能性を秘めた大変大きな力であるという事が言えると思います。

私たち人間を人間たらしめてくれる力とは、この人類共通の普遍的意識(色)です。

この普遍的意識と繋がるとき、私たちは獣の神性から真なる人間の精神にまで自らの精神を高める事が出来る様になります。

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